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2005年05月14日

●友

昨日の夜、友人と話した。
高校の頃からのつきあいで、
青臭い高校時代も全て知られている仲間のひとり。

お互いに高校時代を過ごした地から遠く離れて
日々を過ごしている
あの頃、言えなかった、抱えていた痛みも今なら話せる
成熟したんだなぁ

私はソフトボール部で、ありえないくらい日焼けで黒くて、しかも、ぶっさいくで
彼女は女の子の中に女性の雰囲気を外見に漂わせる数少ない人で
それでも、やっぱり、二人とも今考えると子供すぎて
思い出すと恥ずかしいことだらけ

周りの恋愛にも自分の恋愛にすら疎かったあの頃
ただ、自分のことで精一杯で
毎日、部活朝練→授業中熟睡→昼ごはん→部活・・・だった。
24時間、学校以外は食べてるか、風呂入って寝てるか、本を読んでるかだった毎日。
今考えると、高校時代なんてたった3年間だけなのに
なんと濃いことか。


私には、そんなふうに昔も今も共有できる友がいる。
なんと幸せなことか。


ばばぁになっても仲良しで居たい
そして、子供や孫やなんかに
こういう思い出があるんだよう~と教えてやるのだ
うしし

2004年09月19日

●オトナの責任 小6女児同級生殺害事件に思うこと

小学生の女の子が被害者と加害者になってしまった事件のこと。
家裁の決定要旨を読んだ。なんともやりきれない気持ちと不安な気持ちになった。

抜粋
「・・・・『死のイメージ』が希薄であるため、女児にとって人の死とは『いなくなる』という現象以上に情緒を伴うものになりえていないことが挙げられる。・・・・」

例えば、小さな子供は身近な小さな生き物に対して残酷だ。足元を歩いている蟻を踏んだり、蝶やトンボの羽をむしったり・・・。でも、成長の過程で動物を含めて家族や友人たちの中で「命」に対する感情が自然と身に付くはずなのに、ごっそり抜け落ちてる。
本当に普通の子供だったという彼女が超えてしまったライン。
彼女にはラインの有無の意識さえ持っていなかったのかもしれない。
両親や担任の先生だけの責任じゃない、と私は思う。
周りの全ての大人にちょっとづつ意識が足りなかったんじゃないかと思う。

子供たちを支える大人に、余裕がない。のりしろが、ない。
子供を支えるはずの母親は、じゃぁ私は誰に支えてもらうの?という不安を抱えてる
先生たちも気軽に相談したり支えてくれる先輩に恵まれていないんじゃないの?
土曜も休みになり学力の低下という統計にプログラムがぎっちりになってるんじゃないの?
先生たち、父兄からのプレッシャーでのびのび出来ないんじゃないの?
父兄は学校のせいだけにして責任から逃れようって気持ちがすみっこにある?
皆さん仕事でいっぱいいっぱいでストレスでイライラしてませんか?
近所の人とすれ違うとき挨拶してますか?できますか?

子供にとっての救いって、誰でもいいんだと思う。親や先生じゃなくっても。
近所のおじさん、おばさん。
じいちゃん、ばあちゃん。親戚のおじちゃん、おばちゃん。
駄菓子屋のおばちゃん。仲良しの友達のママ。
卒園した幼稚園の先生。こども110番の看板のあるお店の店員さん。
児童館や図書館の先生と呼ばれるひとたち。パン屋のおねーさん。
誰でもいいじゃん、みんなで責任を分担しましょう。
自分の子供じゃないしとか独身だからとかとか言ってないでさ。
今や少子化で子供の数は益々少ない。
世の中からもらった恩を、次世代の子供に返したってバチは当たらない。
コミュニケーションを取ることにちょっとだけ勇気を出しませんか。
何かに文句言うんじゃなくて、それぞれに何か良くなる方向に行動をおこしませんか。

被害者のお父さんの手記が切ない。
娘へのあふれんばかりの愛情と失った悲しみとやりきれなさが行間から染み出してる。
こんなふうな思いを抱える人をこれ以上増やしたらいかん。