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2007年01月20日

●お別れを告げる

告別式というのは、お別れを告げると書くんだなぁ。
今日、私はお別れをしてきた。

私がかつて働いていた会社を辞めたのは、もう数年前。
お別れをしてきたのは、その会社で関わらせて頂いたTさん。
私のその方との関わりは、本当にわずかで、Tさんの人生をドラマ化するのなら私の役は台詞も無く役名の記号すら無いような、大人数の時に画面の隅っこに写るくらいの役。
ご本人も漂われながら「あれ、来たんだ」と思われていたと思う。

会社の大変な時期を自分なりにギリギリのところでこらえていた時期、彼が取るの電話口の声の第一声はいつでも丁寧だった。
私の尊敬する所属長の転勤が決定し、部署の皆で一泊二日の送別温泉旅行をした。
宴会の後、三々五々分かれても何人かと部屋でも飲んだ。
お酒が無くなったら、Tさんは先頭になってわざわざお酒をつまみと共に調達してきて飲み続け、一緒に酔っ払った。
背が高く、お酒がとても好きな方だった。
翌日は私ともう一人の女の子を長崎まで車に乗せてくださった。
要約したら、そんなもんだ。

仕事は楽しくやりたいところとか、顔を見たら声をかけるとか、通じるところがあったんだと思う。
担当は違うから、そんなにたくさん接点も無かったのだけど。
それでも、チームの一員として。


私はただ、そのお別れに行きたかったんだ。
忙しくも短いTさんの人生の中で私に関わってくださった、お礼を言いに。

とてもいい笑顔のTさんの写真が、たくさんのお花に囲まれていた。
本当にいい笑顔だった。


お別れの場で、懐かしい方々にも会えた。
あの会社は、私にとって学校の一つだったと思う。
いろんなことを教えていただいて卒業させてもらった。
Tさんも、その中の先生の一人だったと思う。
ありがとう。

知らせてくれた友人にも、ありがとう。











ここからは、本当は記す必要がないと思う。
でも、ちょっと切なくなってしまったので書いてしまう。
批判と取られたら、それでも仕方ないけど。
自分で気をつけよう、反面教師にしようという意味で書く。

全てを終えて、遺族の皆さんは棺と共に移動された。
見送った後、スーツの集団の中から一人の男性の声が聞こえてきた。
名前を名指しして誰と誰が来ていないと言っていた。
「人間として失格だ」と強い調子で続いていた。
ちょっとびっくりした。その人の顔を目視できなかった。
お別れの式は強制じゃない。
死を受け止められずに来ない人も、別の場所で手を合わせている人も居るかも知れない。
前日のお通夜に出席して告別式に来れない人だって居る。
いろんな人が居るし、悲しみの受け止め方は人それぞれなのに。
おそらく現在部署の「長」らしきその声の主は、発することで自分の正義感はスッキリするのかも知れない。でも、人の心を測るモノサシはひとつじゃない。
同じ部署の人達を前にして、もしかしたら同調して何らかの負の感情が発生してしまうような原因を作るような発言は、できたらしない方がいいのにな。
私は、違う悲しみを感じて切なくなった。
いや、その人の悲しみは、もしかしたら、そうして吐き出して指摘することで発散されるものなのかも知れない。それこそ人それぞれだから。感情的にもなるだろうし。

そのチームは、かつて私が居た同じ名前の違うチームだった。
考えが違って当たり前だ、と受け止めた。

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