●父の電話
先日、母からかかってきた電話は「じゃぁ、お父さんと換わるから」とバトンタッチ。
おやおや、珍しい。
彼は何か用がない限り私に電話をかけて来ない。
久しぶりに父と電話で話した。
団塊の世代よりちょこっと先輩の父、以前は仕事人間。
娘への愛情表現もヘタクソだった。全然伝わらなかったし。
私は親元を離れてから、ようやく父の愛情に気づくようになった。
私と父の距離が身近に感じられた要因が大きく3つある。
ひとつは、私が結婚したこと。
とにかくいろいろな理由で反対していた娘の結婚を娘の幸せの為に降参し、遠くに嫁ぐ娘に「俺は世間体なんて気にしないからな、ダメだと思ったらケツまくってけぇってこい」と父らしい「言葉」で私がいつでも守られていることを伝えてくれた。
そして「親なんて子供が幸せならどうでもいいんです」と披露宴で男泣きをした。愛情を感じた。
二つ目は、父の友人たちのこと。
父の中学の時の友人2人を癌で亡くした。
「おめぇたちは俺の娘だ」と公言してやまない父の友人は、胃を全て取り去り闘病中。
生きること、生き抜くこと。自分の人生のこと。自分が亡くなるまでにしたいこと。
私が帰郷の度に、そんなことを話してくれるようになった。
お互いに離れているから、余計に凝縮した話をしている気がする。
三つ目は、父の父である祖父の入院と亡くなったこと。
父も私も、おそらく根底では祖父を愛していただろうけど、祖父を反面教師として
我慢を抱え、憎しみを抱え、感情が渦巻いていたのだろうと思う。
私と父は完璧な「チーム『じいちゃんの葬式をいい思い出に』」を作っていたと思う。
父にとっての「父親」は分かり合えない存在だったらしい。
でも、お葬式の時にちょっとだけ父は祖父の漂う魂に触れていた。
本当は生きている間にできたら良かったんだろうけど。
魂が触れ合えるのは、時間じゃない、過ごす歴史でもない、たくさんの思い出でもない
ほんの一瞬だと私は学んだ。
その一瞬で十分なんだと知った。
ただ、自分の存在を世に送り出してくれた父という存在に感謝ができたらそれでいいんだと感じた。
現実は、なかなかいろんなことを求めてしまうのだけどさ。