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2005年11月30日

●かわいいなぁ〜

かわいかったぁ。
いいね、双子って素敵♪
双子のミラクルとか双子の神秘性に惹かれるお年頃なの。

今日の舞台挨拶で気づいたこと。

ひとつめ
映画のツインズのキャラクターが好きであって、生身の彼らが好きな訳ではなかった私に気づいた。
せっかく質問タイムがあるのに、何か聞こうという「興味が無い」自分に軽くショック。
でも、シャイで歳相応に純粋な感じが好感度大でした。かわいいなぁ。
ただ前を通り過ぎた二人のお父さんに、なんだか人間的な魅力を感じた。
それでも二人ともに握手をしてもらったミーハーぶりは健在。
キャラクターショーにワクワクする子供の頃からちっとも変わっていないらしい。

ふたつめ
なんて早口なクイーンズイングリッシュだよう。
ちっとも聞き取れずにヒアリングパーセンテージ3割。撃沈。

みっつめ
人のふり見て我がふり直せ

よっつめ
ネ○プ○×ー○ョンさんの社長さんって、ジャ○×ットの社長さんの兄弟か親戚?
似てるよね、って思ったのは私だけ?

明日が楽しみ♪

●ウィーズリーツインズに会おう、その1


今日はハリーポッターの最新作を見にきています。
しかもウィーズリーツインズの舞台挨拶付きです(*^_^*)
うししししっ。
レディースデイというのもあって並んでいます。
しかし焦りはしません。なぜなら明日のサイン会で逢えるから♪
楽しみだなぁ♪

●デート

今日、デートしちゃった。
6号カフェのエリカちゃんと♪

「はにかみデート(?)」のデートコースは・・・
パスタ屋さんでランチ→ぁゅぁゅに会いに&丸研さん会社見学→三喜工房で絵付け&買い付け。
待ち合わせに現われたエリカちゃんは黒いベルベットのジャケットに黄色と黄緑の中間色みたいな暖かそうなセーター、そして・・ピンクのミニスカート&ベージュのロングブーツ。
ああ~、かわいいっ。助手席に乗ってもらって運転するワタシ、男の気持ちが分かります!!
隠れエロオヤジみたいな弾んだ気分になりました。

パスタ屋さんはデザートまで、最後まで美味しくて素敵だった♪
ぁゅぁゅに会えてayuart.まで見せてもらって感激のエリカちゃん、かわいいなー。
ぁゅぁゅも丸研さんの皆さんも大好きなので、エリカちゃんを連れて行けて嬉しかった。
ayuart.の中の一枚を6号カフェに飾って・・と、ぁゅぁゅから預かったエリカちゃん、舞い上がってました。
三喜工房さんでの絵付けは、とにかく楽しくて楽しくて、夢中になって時が過ぎ・・・・
結婚した友人へのプレゼントなんだけど、味がある作品に仕上がった(と思う)。

半日つきあってくれたエリカちゃん、ありがとう。
丸研さんの皆さん、暖かく迎えてくださって、ありがとう。
三喜工房さん、ワガママを聞いてくださって、ありがとう。

ああ、楽しかった。
さて・・・・今日はまだ終わらない。ウィーズリーツインズに会う日です!

2005年11月29日

●筋肉痛

ううう、痛いよう。体が痛い。
昨日思い付きで一人ではじめてしまった模様替え。
意地になってとにかく移動場所へ収め、布団に入ったのが5時過ぎ・・・。
何故かあちこちに青アザ・・・。

無茶はいかん。
午前中、携帯を持ってメールするのも腕が痛いという情けなさ。
いててて・・

帰って来た旦那はビックリしていました。
そりゃそうだろう。

昨日誕生日だった母から電話が来た。
お花を贈っていたのだ(^^)
下の妹のことが心配なんだけど、どうもしてあげられない・・。
どこでもドアをちょうだい!

・・・・実は、まだあちこちにモノが「はじっこに寄せただけ」で残っているけど、まぁいいか。
別に我が家はモデルハウスではないんだから。
片付いた家に住みたい(笑)

2005年11月28日

●自分だけの為の一日

旦那が朝から職場の研修に出かけた。泊りがけ。
ちょっと寂しいけど、一日の時間を全部自分で使えるし・・と。

まずは6号カフェにおでかけして(またかい!笑)マロンケーキとコーヒーを頂いた。
ケロッピさんが来てくれたのでエリカちゃんと3人でお喋り。
その後、ケロッピさんの「ウチ来る?」のお誘いに乗り、お宅訪問。
三世帯の立派なお宅、お庭のもみじにも感心し、ハヤトくんのお迎えに親戚のおばちゃん気分。
しかもハジメちゃんを抱っこさせてもらって楽しい時間を過ごしました。
はぁ~赤ちゃんって柔らかくていい匂いだったぁ。
優しいママっていいなぁ。

その後、用があってドキドキしながら、かつての同業他社の窓口に・・・。
ああ、月曜ってこうだったという喧騒。身に染みて分かった。私には向いていなかったんだなぁ。
一つ一つに時間をかけてしまう、考えてしまう、一言にも悩んでしまう、私には無理だったんだなぁ、としみじみ思った。
こんな私を働かせてくれて、ありがとう。
ひと時でも関わってくださって、ありがとう。

感謝をしながら帰ってきて、一人で夕ご飯。
そして、ケロッピさんに頂いたベルギービールを飲んで酔っ払った。

酔っ払って気持ちがデカくなった私、何をしたか。
そうじと、一人で模様替え。

はじめたみたら、重いし大変だし、リビングは散らかした物で足の踏み場が無い・・・・・・
うーん。かなり嫌になってきた。
重たいキャビネットを毛布を敷いて移動したけど、すでに体中が痛い。
しかも寝室からクローゼットの部屋に移動しただけだからリビングの雰囲気が変わる訳でもない。
ああ、この散らかり様。
このまま放って、明日になって旦那が帰ってきたら空き巣だと思うことだろう。
それも面白いかなー、とヤケクソになってブラックジャックを読んでいたけど、
やっぱりなんとかしないとだよねぇ、ふう。

酔っ払ってるときは出来そうな気がしたんだよねぇ。
ああ、もうギブアップしたい~

2005年11月27日

●タクシーでドライブ

仕事に出かけようとして、嫌な予感。
車の鍵入れの籠を見て、予感的中。

ダーリンに電話。・・・・・・やっぱり。

妻より6号のダーリン、今日は福岡。車の鍵を持ってっちゃった。
縦列駐車の我が家、前の車が動かせないとアウト。
以前あったスペアキー、過去の喧嘩の際に紛失(いったいどこへ?)

・・・・仕事のスタンバイ時間があるので、バスを乗り継いでは現実的ではない。
となると、出張スペアキー屋さんかタクシーの選択肢は二つ。

スペアキー屋さんに問い合わせをすると車の種類により、1万6800円也。うそー!!
これはタクシーの方が安い、明らかに。

ってなわけで、ちょっと長距離のタクシードライブ。
タクシーに乗るのって好きなんだ、実は。えへへへ。
高額なのが痛いけど、せっかくだしプチセレブな気持ちで乗って行った。
特別だからと、暖かいアンゴラのロングコートを選んで、池ちゃんから頂いた手袋をして。
怒ったって、後悔したって、楽しんだって、時間は一緒なら楽しもう。
朝から降っていた雨は止んで、空は美しく澄んでいる。
町の中にも紅葉している木もある。
眺めもよくて「タクシーでドライブなんて贅沢~♪」と金額を忘れて楽しくなる私。
タクシーの運ちゃんはどこまでも敬語だし、私も丁寧に。脳内「じいやとお嬢さん」ごっこ。
そう、この車は想像上では黒塗りのクラッシックカー。想像上の私は、いいとこのお嬢さん♪
海はお日様の光を反射してキラキラと輝いて綺麗だ。
タクシーの運ちゃんもキョロキョロ。
普段こっちには来ないから・・。いい天気ですねぇ~
こんな仕事ならいつでもいいなぁ・・とバックミラーに映る目が細くなる運ちゃん。
「ありがとうございました」の声が弾んでいた。

仕事先では顔見知りにも遭遇。まさか一緒に仕事ができるとは!
ちっちゃくて可愛い彼女の姿を見るのも嬉しい。

福岡から帰った旦那が「ごめん・・・」と迎えに来た。
人間は完璧ではない。ミスをしたくてミスをする訳ではない。
と言いながら、夕ご飯をおごってもらった♪ヒヒヒ。

2005年11月26日

●素敵です

昨日の夜遅く、TRENDYさん宅におじゃました。
といいつつ、日付が変わって数時間も長居させて頂いたから正確には今日?

昨日の我が家の夕ご飯は、キムチ鍋。
たらふく食べて、腹の皮突っ張るくらいだったのに、
さっちゃん(TRENDY氏自慢の奥様)のおいしいおつまみをパクパク。
だって、おいしいんだもん。
いつでも、どんなときでも美味しいものを瞬く間に作ってしまう奥さん。
TRENDYさんって幸せ者。
私もそんな人が欲しい、もとい、そんな人になりたい。
ん~。料理が好きじゃないと、こうはいかないよなぁ。

それにしても、実家に帰ってからお腹周りが成長し続けている気がする。
素敵、じゃない。これに関しては、ちっとも。

2005年11月22日

●惹かれる瞬間

先日、旦那と寄った6号カフェでのんびりしてたらいろんな人に会えた。

柴ちゃんが突然現われた。お仕事の途中で寄ってくれたんだ。
入り口からビュン!と入ってきて、仁王立ち。

「チカさんに制服姿を見せようと思って(^^)」
片手を挙げてピラピラと振って
次の瞬間、踵を返して行っちゃった・・・・
みんな目をパチクリ
滞在時間、ものの数秒。

私がカフェの外に出た時には、もう公道をバイクで走る後姿。
大きく手を振って見送った。

柴ちゃんのどういうところがスキって「こういうところ」だなぁ。

恋だとかに落ちる瞬間ってこうだったよなぁ・・と思い出せるような出来事だった。
ちょっと遠い目になってしまう秋の一日。
もう隣に大事な人が居るので揺れることはないのだけど、
だからなのか、このところ男だとか女だとかのカテゴリー無しに人間に惹かれる。
特に女性に対しては、ちょっと自分が男のようなオヤジなキモチになってしまう。
いいなぁ、とか。可愛いなぁ、とか。素敵だなぁ、とか。色っぽいなぁ、とか。

歳を重ねるのも精神的には楽しいものだ。
もっと歳を重ねたら、もっといろいろ見えたり感じたりするんだろうか。
できたら文句を垂れ流しにして環境を破壊するような歳の取り方はしたくないなぁ。

2005年11月21日

●月曜日の午後

おみやげに頂いた、おいしいお菓子。

元同僚とランチとお茶。
二人ともこの時間は、かつて・・けたたましく鳴る電話と訪れる人々や積み重なる書類の山に埋もれて向かい合って仕事をしていた。キリキリ仕事をしていた。
月曜日の午後、遠い昔を振り返るように向かい合ってゆったりとお茶を飲んだ。
あの頃の喧騒に比べて、現在の穏やかで漂うような開放感。

彼女は現在町田で結婚生活をしていて、海外出張が多い旦那様が出張に出かけると
こんな風に帰郷して私にも連絡をくれる。
彼女の披露宴に進行役をさせてもらわなかったら、こんなに仲良しになれなかったかも。

ちょうど古巣の前を車で通りかかったら、見知った人たちのお昼を食べてオフィスに戻る姿が見えた。
不思議な感覚。
水槽を見ているみたいな。水槽に居るのは私たちなのか、それとも彼らか。

ただ、そこには私たちが戦ったオフィスが、そのままあった。
未だ戦う人たちを囲って、変わらずそこにあった。

●時、飛ぶように・・

は~。
なんと時の過ぎるのが早いこと!
書きたいことはたくさんあるのに。

遡って、その日の日付で、まだ書いてみよう。

2005年11月20日

●松千 Live@鵬祭

午後から、6号カフェ、お仕事・・と移動して、大急ぎ。
とある大学の学園祭に直行。

ちぐりんの声が聞こえてきたのでグランドに走る。
松千の二人が、のびのびとステージを楽しんでいた。
夕焼け空が二人の音楽の上に広がり、徐々に夕闇になって星が輝き出した。

出店や人ごみやグランドのステージに昔懐かしく時計が戻ったみたい。
どーでもいいことで夫婦喧嘩していた私たちは、マツケンのギターとちぐりんの歌声に
喧嘩がどうでもよくなって、仲直り。

しかし、松千の二人の楽しそうなことったらない。
ちぐりんが中学生の頃、この学園祭のカラオケ大会で二年連続優勝したことがあるという
そんな思い出の(?)学園祭で、同世代の学生や集まったお客さんの前で
音楽と溶け合って混じって入り込んで、楽しそうにしていた。
ただ、もう私は嬉しくて。
アンコールの「涙色の夜」が胸にも耳にも目にも染みた。
大好きなんだ、この曲。

♪ 涙が出るよ こんな何も無い夜には

甘くて切なくて恋をして胸がぎゅっとなる、、、そんな感覚を聴くたびに思い出す。
早く音源にして欲しいような、
もっともっとたくさんの人に聴いてもらえる日まで音源を待って居たいような、
いろんなことを考えちゃう5年越しの大好きな曲を大事に味わった。

寒かったけど、胸はポカポカ。
ありがとう。

たくさんの人に聞いて欲しい、松千のCDは全国のCDショップで!
松千ホームページ→こちら

2005年11月19日

●チャイナ。

美しい装飾のブレスレット。
歴史ある憧れの地、中国のおみやげ。嬉しい。

鍋パーティにおよばれ。
モツ鍋と寄せ鍋。
お腹の皮が突っ張るくらいに食べちゃった。

ダーリンは飲みすぎくん。
大丈夫かね?
楽しく飲めることって幸せだよね。そんな雰囲気に居れるのって嬉しいよね。

2005年11月18日

●ただいま、海に沈む夕日

昨日、住まう町に帰ってきたら雨だった。
しとしとしと・・・モイスチャー。

今日は朝からお仕事に出かけ、その後に英語の先生へ2週間の報告をして家に帰ってきた。
窓の外には、海に沈む夕日。

そうだった、海の側に住んでいるんだった。
故郷よりも日の入りもずいぶん遅い。明るいなぁ。

2005年11月17日

●上空から信州、冬のはじまり。

信州まつもと空港。
母に送ってもらって到着。
道々から眺める山々のてっぺんに雪が積もっていた。
乗鞍、常念、八ヶ岳・・・・・雪がかぶると神々しい冬の姿になる。
ここ二日ほど冷え込んで高い山々の頂は雪になったのだろう。

新妻になったばかりの友人が見送りに来てくれた。
空港での見送りは苦手だ。
バイバイをして飛行機に乗り込んだ。
つい見送りデッキを見てしまう。今日は誰の姿もないはずなのに。

上空から見た日本の屋根は、上のほうがみな白かった。気高い美しさ。
一週間前の秋の姿ではなかった。
もう、冬の始まりだった。
あの美しかった色彩は色あせ、影の濃淡そのままに雪の季節がやってくる。
この短い時期に、紅葉も雪山も見ることができた。
プロペラ機は高度を上げるために松本平を旋回した。
この下に、愛する人たちが居る。愛する場所がある。たくさんの思い出がある。

美しい故郷を眼下に、しっかりと胸に目に焼き付けながらお別れした。

またね。
またね、、、またね。

2005年11月16日

●父の愛

私が夜居るときは父が居ない。
父が居るときは私が出かけて居ない。
滞在中、食卓で夕食をゆっくり食べられなかった。

今日の昼、ランチを一緒に食べた。
父は昼休みに職場を抜け出して。

食べながら一緒にいろんな話をした。
下の妹のこと、上の妹のこと、家族のこと、ばぁちゃんのこと。
父の友人のこと、仕事のこと。
友人の結婚式のこと、友達のこと、旦那のこと、住む町のこと、私の仕事のこと。
繋がった縁や、仲良くさせてもらってる大事な人たちのこと。

話してる間にも仕事の電話がじゃかじゃか入る。
それでも個室みたいになる向かい合わせのボックス席で、ゆっくりランチをした。

私の為に時間をつくってくれてありがとね、お父さん。
声に出して伝えても、うんともすんとも言わない。
これに関しては、コメントせずにただ聞いてるだけだ。
素直に言ってみてもこんなもんだ。

しかし私には父が嬉しそうにしているのが分かる。
伝わるなら、それでいいんだなぁ。
思うようにならない娘だけど、遠くに居る分愛情も大きいよ。

ありがとね。

2005年11月15日

●収穫の秋と衝撃

朝食前に父が渋柿の木に登っている。
まだ採るの?
このへんは観賞用、この辺は鳥用と、少しづつ残して全部採ってしまった。
この期に及んで誰が剥くんだと木の上に問うと、私の宿題だと返答が・・・。むむむ。

そんなわけで(どんな訳で?)、私は1日、狭い庭に居た。
柿を剥いていた訳ではない。
キウイの収穫、ミニトマトの苗を引っこ抜く、落ち葉と枝集め、甘柿の収穫・・・。
上の妹自慢のエーグルの長靴を勝手に履いて。
魚篭(びく、写真左の籠。こんな漢字なのか。魚の籠だったとは・・)、その魚篭を腰にくくりつけて
木に登り、しなる柿の木の上で甘柿クンたちを採る、採る、採る・・・・
私は高枝切り鋏なるものを巧く使いこなせない。
チョキンと切ったら落下して、せっかくの柿に無残にヒビを入れてしまうから。
全部「手もぎ」だ、まいったか。
しかし、魚篭の紐がお腹に食い込む・・・。近頃お太りあそばしたのはともかく、柿って重い。
そのうちに母もキウイ採りに参戦。

3時ごろ、喉が渇いて家に入ると、おばぁちゃんが病院に行きたいという。
車で送っていくことにした。
ばぁちゃんは綺麗にお化粧をしていた。似合う口紅が素敵。
私はというと、庭に居たそのまま、眉すら描かず。ジャンバー&ジャージ姿。

我が家の家族のかかりつけ、懐かしい個人病院へ到着。
しばらく待って、ばあちゃんが診察室に呼ばれる。私は待合室で待っていた。
しかし、ばぁちゃんが戻ってくると、何故か私が呼ばれた。

医師は、おもむろに私に説明をはじめた。
92歳のばぁちゃん、心臓肥大。
心臓に負担がかからないように利尿剤で体外に水分を出していること。
今回ばぁちゃんが病院に来たがった症状「頭がモヤモヤする」は、末端に血液を送るほど心臓が機能していないから。
母にはハッキリと伝えていないが、もうターミナルケアの段階なこと。
付き添いで来るとおばぁちゃんが隣に居るから聞こえないようにアウトラインしか言えなかったこと。
今元気でも、明日、家に帰る途中、心臓が止まり突然死しても何の不思議もないこと。
家族は突然死の覚悟をしなければならないこと・・・・。
風邪でも、転んでも、朝急いで起きても、死につながること。
それでも本人の好きなように、デイケアや歌謡ショーに行くことはそのままにすること。
ターミナルケア・・・・・・。

私は、びっくりした。
92歳にしては元気でおしゃれで、利尿剤や心臓肥大は知っていたけど、
まさかそこまでとは考えたことも無くて。
私が告知を聞いてしまうとは・・・・。動揺。

待合室に戻ると、ばぁちゃんがソファーにちょこんと座って不安そうにしていた。
「ばぁちゃん、チカが一緒に先生の所に行かなかったから、ばぁちゃんと同じ説明を聞いてきたよ」
「待たせてごめんね、寒くなかった?」
私は、精一杯自分を保った。
帰りは、車をゆっくり運転して紅葉を見ながら帰った。

春に桜で霞む桜並木は、秋には真っ赤な紅葉が赤々と燃えるよう。
3時を過ぎると傾いて夕暮れになる美しい時間帯。
近くの輝くほどの紅葉と遠くの山々が黄色や赤やくすんだ緑の紅葉。
助手席で「ああ、綺麗だ。綺麗だ。山まで綺麗だ。」とはしゃぐばぁちゃんを横目に
私は、ゆるゆると運転をした。
「遠回りして、ばぁちゃんとドライブして帰ろうと思うんだ~」
車の外でも、車の中でも、懸命に命が輝いていた。

夕方、仕事を終えたであろう旦那に電話をした。
紅葉が目に染みたまま、動揺したまま報告をした。
九州からは死に目に逢えないこと。
もう、私が赤ちゃんを授かってもばぁちゃんに見せられる確率は一日一日減っていること。

父も母も、知っていた。おばさんたちにも話してあるという。
一日一日が、ばぁちゃんにとって幸せであるようにと。
そうだったのかぁ・・・・・・。


そして夕方、父と下の妹はリビングから離れた部屋で、ずいぶん長いこと話していた。
父と娘が向き合っていた。下の妹は下を向いて泣いていた。

私は、高校時代のソフトボールチームのキーストーンコンビの片割れに会いに出かけた。
一緒に行くと泣く姪をなだめすかして。姪が来るなら甥もセットになってしまう。
さすがに二人は無理だから。
二人が泣き止むまで膝に二人とも抱っこして、モテモテのオバさんは(オバさんなんて呼ばれたって返事はしないけど)嬉しいやら、切ないやら。


2ヶ月前に祖母を亡くした友人は、私が春に祖父の葬儀でしたように孫代表の弔辞をしたという。
10代の頃、チームメイトの誰よりも巧かったのに引っ込み思案だった彼女は、
歳を経て、社会人になり、揉まれて素敵な女性に成長していた。
人は人で磨かれるのだなぁと、改めて思った。すばらしいなぁ。
偶然今日、彼女のスケジュールが空いて逢えたのも嬉しかった。
夜遅いのに、甘いデザートを一緒に食べていろんな話しをした。

家に帰ると、新聞を読む父の隣で母が柿を剥いていた。渋柿アゲイン!
今日は実家のダイニングで、下の妹夫婦も一緒に夕ご飯だったという。
チビたちが何より嬉しそうに姉弟仲良く並んで安心してご飯を食べていたという。
何よりだ。
はじめの一歩。信頼を取り戻す努力は、はじまったばかり。
隣で宿題の柿を剥いた。渋柿め~!

2005年11月14日

●カフェと渋柿


故郷にある私の好きなカフェ。
奥まったところにある、静かで素敵なカフェ。
ご夫婦がひっそりと営む。奥様の声が姿かたちが大好きだ。
雑貨を見るだけなんて、とてもできない。座って時間を過ごしたい。
ギャラリーも、いつもとても素敵なのだ。

おばぁちゃんがデイサービスの歌謡ショーから帰ってくる前に帰らなくちゃと思いながら
はまっちゃって、母と慌てて帰る。
好奇心が旺盛で、人と過ごすのが好きで、いつも綺麗にお化粧している。
そんなおばぁちゃん、一人だととても不安らしくて、ちょっとゴミ出しで出たりとかしただけでも
リビングで体を固くして緊張して待ってるからかわいそうで、と優しい嫁は言う。
私は母の血を引く娘だけど、母のように姑に接することは、きっとできないだろう。


さて。私は、夕方に下の妹を泣かせてしまった。
彼女は実家に面したアパートで、旦那と子供2人と暮らしている。
夏に会った時から、なんだかおかしい。
私の誕生日に電話をくれた時にも、なんだか涙声だった。
以前は、子供たちと旦那へのあんなに溢れんばかりの滴り落ちる程の愛情が感じられない。
姿かたちは変わらないのに、以前のオーラに包まれた彼女とは別人。
なんだかオカシイと上の妹にメールしたら、フィンランドの空の下から「何か秘密を抱えているのだろうから、彼女から話しがあるまでは見守るのがいいと思う」と返事が来ていた。
しかし、私は待てずに真っ直ぐ向かってしまった。

どうしたの、と。何かあったの?私でよかったら聞くよ・・よ。
下の妹は、話してくれた。
育児に疲れたこと、旦那に不満があること。
自分の時間が何より欲しいこと。
この状況から、とにかく逃げ出したいこと。
このところおかしいとはいえ、彼女は本当によくやっていて見習いたい母親の一人だった。
彼女のプライバシーに関わるから書けないけど、いろいろあって・・・
結論として、私は正論を吐いて彼女を泣かせてしまった。
今回は、ただ「聞くことに徹する」姉でなければならなかったのに、やっちまった。
いっぱいいっぱいの彼女に、ただ肯定して、分かりやすく味方だよ・・・って示すだけでよかったのに。
今の彼女には、ポジティブな考え方のレクチャーも、
「子供が居てうらやましい」と思う私の嫉妬が根底にあっただろう意見も不要だったのに。

「もう言っても無駄だから、いいよ!」そう言われるとHUGも無駄。
やり方を間違えた。
私を振り切って、妹は泣きながらアパートへ去った。
さらに悪いことに、すぐ近くで1歳と4歳のチビたちは全てを見ていた。
「もえちゃん、ちかちゃんはママを泣かせちゃったよ・・・」ちかちゃんも泣いていたのよ。
ママを追っかけて、寒空の中を走った彼らも、尋常じゃないアパートに響き渡る人を寄せ付けない鳴き声に引き返してきた。ううう、すまん。

その後、踏ん張って涙を止めたママは、子供たちを迎えに来た。
その時私たちは実家のリビングで遊んでいた。
玄関で子供たちを呼ぶ妹の声がして、チビたちに続いて玄関へ。
目を合わせず「ばぁちゃん(私たちの母にこと)に、子供ほったらかしてって意見されたくないから」と。
彼女にも意地がある。
私がもういちど妹に謝ろうとタイミングを伺ってる時、姪が靴を履きながら私を見上げた
「ちかちゃん、ママにごめんなさいは?」

「愛ちゃん、ごめんね。本当に悪かったよ。」妹はうつむいたまま。
「ママ、ちかちゃんごめんねって言ってるよ!」妹はうつむいたまま。

「いいんだよ、もえちゃん、また明日ね・・」
チビはバイバイをして振り返り振り返り去っていった。その表情と小さな手。
両親の微妙さを全身で感じている彼らに、私までもが何やってんじゃ・・・情けない。
台所で夕飯の支度をする母親の隣で、私は子供に戻って話した。

母の結論は、姉妹なんだからいいのよ!であった。
しかし、子供を育て上げ、舅を送り姑の面倒を見る母の妹に対する意見は手厳しかった。
ううう、しかしなぁ。妹の気持ちも分からないではないのだ。
分からないどころか、分かりすぎる。妹と私はよく似てるし、私も似たようなことをしょちゅう思う。
私たちは状況が少しづつ違うだけなんだもん。

仕事で飲み会だという父を車で送りながら、私は妹を泣かせたことを父に露土した。
父も母も妹夫婦の危機をとっくに感じ取っていたらしい。
父なりに考えたりしている様子。
いつの間にか父とこんな話しができるようになるほど、私も大人になった。


夜も更けて・・・・

週末に父が登って取ったという渋柿を剥く。干し柿にするのだ。剥きはじめの写真。
まだまだ飽きるほど剥く柿がある。
リビングには柿の山の前に母と私。ダイニングの椅子でうつらうつらする、おばあゃん。
昔は、じいちゃんとばぁちゃんが柿を取って剥いて干し柿にしたという。
何に忙しかったのか、私はそんな光景を覚えていない。
秋は忙しくて困る、と言いながら母は次々と柿を剥いていく・・・すばやい。
午後9時、おばあちゃんが「申し訳ないけど、もう寝るわ」と言い出す。
皆が働いているのに自分だけが寝るのが申し訳ないとしきりに言うのだ。
いつもは八時過ぎにはベットに行くのに、そういえば柿剥きに夢中になって気づかなかった。
なんて可愛らしい。せめて起きて見守ろうと眠さを我慢していたのだ。
いいのに、ばぁちゃん。今までずっとしてきたんだから、いいんだよ、大丈夫だよ。
おやすみなさいと、ばぁちゃんを送り出す。

柿に紐がついた頃、妹の旦那がこっそりやってきた・・・・・・
自分のパートナーが大事で言えなかったけど、どうしたらいいかもう精神的に限界だと助けて欲しいと。
こうして双方の話が聞けた。
チビたちの為にもなんとか頑張っていきたいというんだもん、協力するよ。
できることなら、なんでもする。
キミたち夫婦はもう家族だ。向き合って喧嘩して同じ数仲直りしてリスペクトしあって進んで欲しい。
私は、そりゃ夫婦の問題だから自分らでなんとかしろなんて言ったりしない。
大事な大事な妹だ。そして大事な妹が選んだ彼だ。
5年前のキミたちとチャペル前で撮った写真は黄色のフォトスタンドに入れて、飾ってあるよ。
あの日の誓いを忘れないで・・・・・。

午前様になった父を駅前に迎えに行った。
酔っ払い父、妹にプスプス怒ってる母(人生は我慢派)、おせっかいな長女の私は、リビングで作戦(?)会議。ただの情報共有化ともいう。
剥かれた渋柿のオレンジ。

2005年11月13日

●紅葉の高原の花嫁

朝から変なテンションだった。

同室の友人と興奮しながら髪を巻き、化粧。
嬉しくて、高校時代に戻ってはしゃいでしまう。だって、この日の為にやってきた。

フロントでチェックアウトを済ませ、荷物を預ける。
受付には、パソコン画面の動画のウエルカムボードが目立つ。
凝り性の新郎新婦らしいこだわりだ。
二人が絵コンテを描いて撮影したという映像は、まるでホテルのCMのようだ。

同室のKと隣の部屋のHと別れ、祝電を確認するとチャペルのリハーサルへ向かう。
ちょうど到着したMIとTの姿が見えた。MIの声を背中に聞きながら、私は庭へ出た。

カラマツの黄色が美しい木立の中の一団に、
体のラインがくっきりと美しいマーメードラインのウエディングドレス姿が見える。
撮影中の彼女は私に気づくと遠くからニコリと笑った。

長いベール。左頭上に輝く小さな可愛らしいティアラ。
ドレスの胸元はネックから胸元を三角で包むレース。背中も二の腕も潔く肌を美しくあらわにして。
彼女の長い腕には肘までの長い手袋。手には長いカラーの花。
今まで見たどの彼女より女っぽくて綺麗で美しくて、涙が出た。

クリーム色のフロックコート姿のニヤけた新郎の顔に、いつもの眼鏡が無い。
眼鏡は無かったが、チャペルに続く細い舗装された小道に、紺色のアルファロメオが居た。
彼らの出会いから見守ってきた車というカテゴリーの大切なもの。
ジュリアという愛称のイタリア生まれの「彼女」も、なんだか嬉しそうだった。
本当はここに友人の黒いヴォルクスワーゲンも居れたらよかったのに。
クリスマスになると見たことも無いような大きな赤いリボンをボンネットにつけていた彼女のワーゲンを思い出した。

リハーサルがゆっくりと始まった。
カメラマンも二人の友人。彼の作品に惚れ込んで頼んだという。
友人のお父さんは、変わらず私を旧姓で呼んでくださる。
高校卒業の卒業旅行の代わりにと、R父の会社の温泉にある別荘に到着したとき、
車で送ってくれた友人の父は、砂糖と間違って塩入りのコーヒーを飲まされ
「おめたち、これじゃぁ嫁には行けねぇな」と本気で言っていた、あのお父さん。
友人達の披露宴に出席する娘に、そのたび愛を込めて「残り物」と言っていたという、お父さん。
今まで中で一番美しい愛娘の隣に、緊張してバージンロードに立った。

演出もプランナーと一緒に考えた二人らしい挙式。
人前結婚式ではよくある演出でも、やっぱり人柄やキャラクターが出る。
進行が同じでも、二人とお客さんが違えば全く違うものになる。
そのとき、その時、それぞれに暖かいオーラに加えて頂ける、この仕事が好きだ。
バックグラウンドや二人の人柄を知っているか知らないかでは、使う言葉が同じでも言葉の持つ意味やあたたかさや力が全く違ってしまう。友人ならば、なおのこと。
涙あり、笑いあり、立会人の両家お父様をはじめ、全ての出席者が嬉しそうに二人を見つめていた。
私は、涙をこぼしながら進行をした。
この仕事をしていてよかったと、心から思った。

披露パーティも素敵だった。
新婦は動きやすそうな振袖。紫色とブルーの美しいオーガンジー。長い髪をアップにして。
手には扇子は無く、真ん丸のバック型のブーケ。
ほとんどが真っ白の真ん丸の菊みたいなお花、紫色とブルーのお花。
そうか、ドレスにも合うように作ってもらったというのはこれなのね。
新郎の紋付袴姿も似合っていたけど、見てしまうのはやっぱり華のある新婦。

新郎新婦の席は本物の暖炉の前。
ウエディングケーキはクロカンブッシュ。
フランス生まれのちっちゃいシュークリームを積み上げて飴で固めて塔にしてある。小槌で叩く。
乾杯は白ワイン。

レクチャー台から高校時代からの仲良しの皆が見える。
ミニスカートワンピのK、繰り返すが子供を生んだ体型ではない。
遠くでも話すトーンが聞こえるMI。スピーチ中にハイハイして母を慌てさせた娘もピンク。
小さな紳士を連れた、やっぱり淑女姿のH。ストレートの髪が艶やかだ。
自分で着たという着物姿のT。
母になってもコンパクトでカワイイMA。
会えて、嬉しい。逢えて嬉しい。
そして、ここに居ないRを想った。元気でいるかい?

お色直しからやってきた新婦は、挙式と同じドレスの首から胸元のレースを外していた。
髪は後ろで結んで、花を飾って。綺麗なデコルテに肩からオーガンジーのふんわりしたショールをかけ。
お気に入りの、まぁるいブーケを手に。

あったかい時間は、瞬く間に過ぎた。
柔らかな日差しが、会場を包んでいた。

全てを打ち合わせていたのに、新郎新婦は内緒で事を運んだ。
フィナーレ近く、新郎挨拶の後、時間を下さいと言い出したんだ。
プランナーと私に「お礼の気持ち」とフラワーアレンジメントをくれた。
レクチャー台を離れて、二人のところに行って頂いて、またマイクを握るまで、会場にナレーションは無かった。ただ、BGMが優しく聞こえ、拍手とたくさんの笑顔が滲んで見えた。
ラストは、震え声が涙声になってしまった。
情けないけど、それでも、させてもらえて嬉しかった。

ただ、嬉しくて幸せで何度も思い出してしまう時間を過ごした。

高速バスに乗る友人Kが、案内コメントを言う私に涙目でめくばせして名残惜しそうに去った。
友人達は、ああ、これでメインイベントが終わってしまったと、心から切なそうに
でも、素敵だったねぇ!といろんな気持ちが入り混じった溜息をついていた。

忘れられない夢の時間が過ぎた。
素敵だったなぁ~。

2005年11月12日

●もみじが燃えるようだ

友人の明日の挙式・披露宴の為に、あちこちから出席者が集まった。

前日入りは、彼女の婚約者の両親や家族、親戚が北海道から。
彼女の友人が、関東は宇都宮、東京、千葉から。甲信越からは岐阜、名古屋。
四国は松山から。九州は長崎から(私だ!)。そして海外はマレーシアから。
日本の真ん中の山の中へ・・・。

今日は前日。夜は30人弱のお食事会になった。
ホテルから離れたログハウスのペンションで。
明日の新郎新婦と新婦の弟がホテルからペンションまで車3台でピストン輸送。
松本では薄い上着で大丈夫だったのに、ここでは真冬のコート。
屋内には薪ストーブが赤々と燃えて、ちぢまった体も笑顔と共に緩む。

私は、前日入りした高校時代からの仲良しKとHと同じテーブルに。3年ぶりで会話も弾む。
松山に住む奥様は、お嬢さんを預けて14時間もバスに揺られて。
相変わらず美しくて一緒に居ると友人で居られる喜びで私を嬉しくさせるK。
世田谷に住まう奥様は、小学1年生の息子と一緒に。
息子を優しく諭すHは、このブログを楽しみに読んでいると私を照れさせ喜ばせる。
同じ教室で机を並べた私たちは違う場所で違う時間を重ねている。
それでも変わらず友人で居てくれることに感謝しながら、大量に美味しいものを頂いた。

ホテルに戻ると、おネムになったHの息子とHにバイバイをして、私はKと温泉に入った。
あいかわらずのナイスバディを遠慮無しにジロジロ眺めた。
子供を産み落として、それでも保たれる美しい体。詐欺だ。
最近、私は非常にオヤジっぽい言動で呆れられているが気にしない(気にしろよ!)
温泉で温まった体で、ホテルの素敵な触り心地のテンピュールの枕を頭の下に眠くなるまで話をした。
何年過ぎても「あの頃」も「今」も共有できるなんて幸せなことだ。

仲間内で一人、疎遠になってしまった友人には今回声をかけなかったらしい。
負担になったら申し訳ないと、明日の新婦の思いやりのようだ。
女が集まって、こんなにも長く仲良しを続けられるのは驚異的な奇跡だ。
だから、疎遠になることもあっておかしくないんだけど。
私は、その疎遠になってしまった友人を今も変わらず大事に思うし、
いつかまた今が笑い話になるような、そんな日が来るって信じてる。
彼女と語り合った、彼女を一番近く感じた夜が忘れられない。
その思い出が胸にある限り、私が彼女をあきらめることはない。
私はいつでも変わらずここに居る。待ってるぜ、りえきん。

蓼科の静かな夜が更ける。
明日は、きっといい天気!

●映画とアルファロメオ

明日行われる友人の挙式・披露宴の為に、昨日の打ち合わせに続き今日は午後から蓼科入り。
母が一緒に映画に行きたいという。
ちょうど、おばあちゃんもデイサービスに出かける日だしと朝からお出かけ。

映画は「春の雪」。
見てみたかったから嬉しかった。
行定監督とリーカメラマンのコンビがどんな風に当時の日本を映像にするのか興味深々だったんだ。
機会が無くて「世界の中心で、愛を叫ぶ」も「GO」も見ていないけど、だからか?行定さんには興味があったんだ。
とにかく美しくて綺麗な映画だった。
何が美しいかって、主役の二人が美しい。そして背景が「日本の美」がたまらない。
時代が過去のせいなのか日本語が非常に美しくて素敵だった。
美しい悲恋のお話だけど、実はその結末になるべくしてなってしまってて、
「決められない男性」「大事なものが何か気づくのが遅すぎる男性」のせいじゃん・・などと意地悪く思いながら、三島由紀夫の原作も読んだことがないけど、かなり惹かれた。
三島文学が大好きだという宇多田ヒカルの曲も声も素敵だった。

映画の中の役名に「蓼科」という人が居たけど、彼女と同じ字の「場所」へ私は向かう。


明日新婦となる友人が、同乗者の日程が変更になり蓼科へ向かう車を彼女だけ一人で運転して向かうことになったという。
私は自力で向かうのを止めて、同乗にて蓼科へ。


友人の婚約者が運転するアルファロメオが道案内。友人の運転する助手席から撮ってみた。
紅葉の山を見ながら前方のアルファロメオは、なんだか心なしか嬉しそうに見える。
この日はオーバーホールで違う車だったけど友人は古いワーゲンに乗っているのだ。
クラッシックカーを愛するカップル。
自宅近くのコンビニに停まっていたアルファロメオを見て友人が彼に声をかけたのが昨年秋。縁とは素敵なものだ。
友人の独特な楽しい感性を「コイツおもしろいな」と感じてくれる男性は居ないものかと考えていたけど、まさかこんなにぴったりの相手が彼女を愛してくれるとは。
嬉しくて嬉しくて初めて二人で一緒に居るところに同席した今年の夏は興奮したものだ。

相手も居ない頃から、彼女の結婚式はセレモニーちっくではなくイベントぽい雰囲気で・・・と二人で話した二年前から月日が過ぎて、明日は夢の叶う日だ。

興奮しなかったら嘘だ。

2005年11月11日

●蓼科のカラマツ

カラマツの紅葉がこんなに美しいなんて。

私は、驚いた。
カラマツ葉は、冬前に皆落ちる。茶色になって。
黄色になるのは知っていた。
しかし、山全体が黄色に染まるなんて。
飛行機から見た黄色はこれだったのかと改めて思った。
ものすごくいい時期に蓼科だ。

ブルーのアルファロメオの助手席で、私ははしゃいだ。
これがデートだったらもっと素敵だけど、残念ながら運転席には友人の婚約者。
後方には日曜に蓼科で挙式披露宴を控えた、準備で寝不足の友人。
彼女の後ろにも横にも引き出物や持ち込み荷物が満載。

蓼科の空気は冷たい。肺の内側が冷えるくらい冷たい。
心地よく、身が引き締まる。

会場にある美しいチャペルは、正面が大ガラス。彼らは山の木々をバックに誓いを立てる。
列席者が座った高さに横長に窓がしつらえられ、カラマツの旬の美しさも堪能できる。

彼らの想い出のこの場所で、夢の時間が待っている。
そおっと扉を閉めて後にした。
一緒に歓びの時間を共に出来る期待と感謝を胸に。


今日は打ち合わせ。
写真は、お昼に頂いた蓼科のお蕎麦。味は、普通。

2005年11月10日

●上空から信州の秋

私は機内誌が好きだ。
旅にまつわる素敵な話や、ライターさんの愛情あふれる地域に対しての文章が胸に染みるから。
販売広告ですら素敵。
上空で読むから、自分も旅人の状況だからか。余計に好き。
今月はラッキーにも4回飛行機に乗れるのが嬉しい。
揺れも、飛び立つ時のGがかかる不安定感もダイスキなのだ。
福岡~信州まつもと空港は、上空を旋回して松本平を一望できるから何より素敵な景色なのだ。

どの季節の信州も素敵。
でも、この時期の信州の山々は色彩が豊かで言葉を失うほど。
九州に住んで福岡からこのプロペラ機に乗ることがなければ、
この素晴らしい景色を何度も眺める機会は持てなかっただろう。
愛する故郷を離れたけれど、上空から故郷を眺められる幸運に恵まれた私は幸せだ。

瀬戸内海上空を過ぎ、しばらくすると向きを変えて北上する。
ここからの景色が、一番好き。
日本アルプスの山々を見下ろす。
新緑の時期には緑が、冬の時期には雪山が、この季節には美しい紅葉のコントラストが楽しめる。
もこもことした秋色のセーターのような、厚みのある玄関マットのような
そんな手触りを連想してしまう山々の色の変わった木々。
青空と共に飛ぶ眼下に午後の色濃い影が、山の陰影をくっきりとさせる。
日本の屋根といわれる山々の連なりの向こうに、富士山が見える。
今日の大オプションは、爪の先みたいな色をした半分のお月様。

数日前、夜の飛行機に乗ったときの三日月はピカピカと黄色っぽく輝いていた。
私の席の後ろには柴ちゃんが、柴ちゃんの隣にはビールで酔払って寝てしまったQちゃんが、
私の隣に旦那が、通路を挟んで黒のニットキャップの「もったいなくて寝られない」笑顔のカオルちゃん。
前方にはヒロイチくんの頭が、となりに眠そうなマツくんが、通路を挟んでぐっすり寝ていたタツキくん。
そんな情景が思い出されて、ふと胸が暖かくなった。

諏訪湖を右目に見始めると、そろそろ高度を落とす。
松本城や堀や赤い欄干もわかる。旋回して安曇野。八ヶ岳や常念岳。
緑の水田の姿は無く、刈り取った稲のあと、茶色の水田が見える。
楓やもみじであろう木々は燃えるように見え、銀杏の黄色が目に眩しい。
春に桜が見えた並木は、赤く点在して見えた。
私にとっての紅葉は、この色彩なのだ。山々や木々が姿を変える。
目が、ココロが満足している。
幸せに包まれて、飛行機の窓にぴったりくっついたまま降下した。

美しい。
私の故郷は美しい。

地上でも、街路樹が、桜並木が今が盛りと迎えてくれる。
懐かしい道程や通学路。
なんてことだ。花ばかりでなく葉すらも美しい。

この美しさを見るだけでも、揺れるウルサイ小型のプロペラ機に乗る価値がある。

●バスセンター再び


佐世保滞在2日で、私はまた旅に出る。
2日あればなんとかなると思っていたけど、時間とは肝心なときには飛ぶように過ぎるものらしい。すべてが中途半端。
今朝詰めたスーツケースはパンパン。ハイヒールとロングドレスは形が変わっているに違いない。やれやれ。忘れ物がありそうだけど携帯と財布さえあれば、後は何とかなるさ。心配するより楽しもう。
4日前、暗いバスセンターを数名と出発したとき、見送りの男の子が居た。今日は最愛の人が仕事を抜け出して見送りに来てくれた。
男はどんなときも仕事!OLしている時に社内に仕事中に奥さんを美容院に送り迎えしている人が居ると噂を聞いてアホじゃないかと正直思ったけど、こうしてしてもらうと嬉しいものなんだな。少し次元が違うけど笑
姿が小さくなっても手を振っていたのは昨日の喧嘩を彼なりにかなり気にしていたに違いない。間違いない!
バスは波佐見有田経由、福岡行き。波佐見にも私の愛する人たちが居る。ただ顔を見て抱き締めて大好きだと伝えたい。

今日は最近仲良くしてもらっているお嬢さんの誕生日。顔を見てオメデトウと言いたかったな。

同盟友人からメール受信。私のすごくいい夢を見たと書いてあった。嬉しくて涙が出た。ありがとう。

書き残したいことがある。伝えたいことと自分の記録として書きたいことは全く違う。知らなかったな〜。最近自分の中でラインができそう。

●よろしくどうぞ♪

明日から旦那様を猫とふたりぼっちにしてしまうワタクシ。
ちょっと心配。
寂しがりやサンだからさ。

・・・と思ったら、お友達がご飯つくりに来てくれるという。
最近よくお話しさせてもらう平くん。
彼は料理人で、ちょっと前まで厨房で働いていたんだって。
きっと柴ちゃんや洋くんや他の6号メンバーとかヒロイチくんとか来てくれるんだろうな。
ふふふ。

ちょっと恥ずかしいんだけど。
必要に迫られて料理をするのであって、お料理もお掃除も、好きじゃなくて。
料理人からしたら、ものすごく「ズボラ」ぶりが手に取るように分かっちゃうんだろうな~。
まぁいいや。へへ。

キッチンに男性が立つのっていいよね~
料理する男の姿ってセクシーだよねー。
自分で料理するより、それを眺める方が好きだったりするんだよねー。
やばい、本当に私ったらオヤジっぽい・・・・。
全国の女性に(特に母やダーリンのママに)怒られそうだけど、私はこういう人間です、ごめんなさい。
ダーリン以外の男の人が我が家のキッチンに立つところを見たかったなぁ♪
とりあえず、そんな姿を想像しときます(笑)
やばい、こういう物言いもオヤジっぽい・・・・。

2005年11月09日

●大罪と罰

またやらかしてしまった。

今度は旦那の仕事に使う車で。
壁にぶつけた。
ぼっこり大きな傷。

車にキズをつけると共に、旦那の立場やプライドもキズつけた。

先日は自家用車で他者のある事故。
もう、二度と車の運転は許されない。
夢はついえた。
罪に対して償えるならなんでもしなくては。

私も凹んでいるが私の味方は何処にも居ない。

明日、飛行機に乗って実家に帰る。
週末の友人の結婚式の進行をする。少しは気が晴れるかもしれない。

形あるものは、壊れやすい。
気をつけて大事にしなければならなかったのに。

続きを読む "大罪と罰"

●ちょっといい話、いい瞬間  

書きたいことは山のようにあるわけで。
でも、削らなければいけないときもあるわけで。
ツアー記に書ききれなかった、こぼれ話。
私が感じた「いいなぁ」の瞬間を、読んでくれる あなたと共有したい。

1、クールを装う息子と父の話
羽田空港。6号カフェに立て看板ができたとお知らせメールが届く。
頑固で厳しいというイケメンくんのお父様が、業者に注文して「息子が喜ぶから」と懇願して当日のうちに作ってもらったという。しかし、そんな姿を息子には見せはしないのだろう。私は、お会いしたこともないのに、その話だけで十分リアルに想像してしまう。イケメンくんに見せると・・・「やるじゃん」と、たった一言。
しかし、その後「このわた、ないかな。好きなんですよ・・」とウロウロしていた。
誰が?主語は「親父」じゃないのかい?私は想像して一人ニヤニヤしていた。

2、感謝のキモチ
打ち上げ会場。盛り上がりの中、ボックス席で座ったまま寝ているご夫婦の姿があった。
無理も無い。
暗い早朝の集合、長い移動時間、6時間に渡る固い椅子の上に居たんだ。疲れるに決まってる。
気づいた息子が近づき、横で歌い出した。
♪ホントに ありが~とう♪
両親と神様からのギフトである大きな口を持つ彼が、グラスを手に一節を歌った。
拍手が巻き起こった。ご夫婦は、眠っていらっしゃった。

3、大好き、大好き
応援団最年少、1歳と4歳に大人のペースに合わせた移動の旅は過酷だ。
それでも、どうしても見たい思いは大人に勝る。
6号の演奏で小さなてを叩き、ライトを一緒に降ったチビちゃんたちは、彼らの演奏が終わると昼寝に入ったという。あの大音響の響くホールで。それほど集中していたんだ。本当に大好きなんだ。ちょんまげくんの宝物だもんね。

4、酔っ払って
普段飲まないアルコールが体に入り、幸福感に全身浸した切れ長の目の男。
翌朝大丈夫だったかと尋ねると、あの後思わず家に(母親に)電話した・・・と照れくさそうに言う。
どんな話をしたんだろうね。頬が緩んでしまった。

5、兄妹愛
「うおっ、まじすか!」ザワザワした恵比寿ザガーデンホールのロビーに響く男の声。
「ありがとうございます」頭を下げるデニムのジャケット姿。
彼の妹がdryhiのギタリストの一人から葉書をもらっていたという、
お礼を言いに向かった先で件のギタリストからリストバンドを頂いたのだそうだ。
いいおみやげだね。

6、「6号」愛
忙しく会場内を駆け回って仕事するスタッフの中に、左手首に白い6号リストバンドの男。
彼がここに居れてよかった。一度東京に同行できないと連絡が入った時、メンバーには泣いた奴もいたという。そんな話は彼の耳に届いていただろうか。
私と目が合うと右手で左手首を持ち、マークをこちらに見せた。ニヤリ。

7、サプライズ
佐世保バスセンターに降り立つツアー参加者の一部。
目の前には白い布。真ん中に6号ロゴマーク。応援幕を広げる参加できなかった4人の姿。
どれだけ行きたかったことだろう。どれだけヤキモキしたことだろう。
どれだけ「おかえり!」と言いたかったことだろう。
ここで降りるのは数名で、メンバーも別便だったのだけど。
彼らの気持ちは伝わった。

8、やりたいんだから、それでいいんだ
6号の記録を撮り続けるのに喜びを感じる男が居る。
寝食を忘れ、同じ姿勢で。ついには風邪でダウン。
アクセスは多さに対して反応の声は、ひとにぎり。それでも彼は止めない。
やりたいから。ただ、好きだから。


私は、ただ、伝えたい。
彼らが私に何をくれたのか。
周りを取り巻く人たちが、どんな場面を見せてくれたのか。
それが、どれだけ私をあたたかいキモチにしてくれたか。

●6号応援ツアーJAPAN FINAL (その4)

2005年11月7日
昨日夕方から降っていた雨は上がり、青空が広がっていた。
6号の『晴れわたる空』みたいに。

ロビーに集合した応援ツアーメンバーと6号。チェックアウト。
ツアーメンバーは6号の応援がメインで、どこか観光だとか行きたいところとかほとんど考えていなかったらしい。本当に6号の2曲の演奏の為だけに来たんだ、この人のよさ、どうかしてるよ~。
6号は島村楽器へヒロイチくんと行くというので、観光案内を買って出たワタクシ。
こんないい人たちに、他の思い出も無く佐世保に帰すわけにはいかない。
私は、なんだかエネルギーが満ちていて何かしたかったんだ。

とりあえずホテルから新宿駅に出ると、山手線内回りが運転停止だという。
ひゃー、こんなときに。まぁいいや、外回りが動いているんだから中央線で秋葉原か東京駅で乗り換えて浜松町に荷物を置きに行こう・・・。
浜松町に5時集合と決めて解散。
新宿駅で、6号とヒロイチくんと旦那とバイバイして皆で浜松町へ向かった。
千葉行きの中央線。秋葉原で乗り換え。
しかし、ここでトラブル。山手線外回りも運転見合わせ昼ごろには復旧って・・・・うわぁ。
何も今日にこんなトラブルが起きなくても・・・・と思いつつ
ナナちゃんの機転で京浜東北線で浜松町駅へ向かうことにした。この時点で京浜東北の存在を忘れていた私・・・・やっぱりボケボケ。
平くんと洋くんは「俺ら秋葉原行ってきます」と離脱。「メイドカフェ?」と尋ねるとにんまり。
後で教えてね~と手を振る。

さて、遅れて到着した京浜東北線は、誰もが迂回に使う為に大混雑。
久しぶりに通勤ラッシュか終電並のJRへぎっしり乗る。
だが、残念ながら・・・かおりちゃん、カオルちゃん、RYOKOちゃん、ミナちゃん、ノゾミちゃんが乗れずにホームに残されてしまった。
あら~。次のを待って乗ってくれたらしく、携帯にメールが来て安心した。
ぷはぁ~と、浜松町の駅で降りた柴ちゃんファミリーもマツくんファミリーにも疲れが見えた気がした。
ナナちゃん、ナツミちゃん、くりコちゃん、ユミコちゃんは元気そうでよかった。
満員電車も経験のうち・・なんていうポジティブなことを言っていたのは誰だったろうか(笑)
次の電車が来て皆で合流すると、
渋谷にいってくる!ナナちゃんとナツミちゃんが大荷物で離脱。荷物をロッカーに入れて地下鉄等で迂回すればなんとかなるだろうと見送る。くりコちゃんとユミコちゃんもお買い物♪渋谷~と、後に続いた。

柴ちゃんファミリー(パパ、ママ、おねぇちゃん、甥っ子ちゃん、姪っ子ちゃん)、マツパパとマツママ、かおりちゃん、カオルちゃん、RYOKOちゃん、ミナちゃん、ノゾミちゃんの総勢11名、子供2名でロッカーへ行き、身軽になった。しかし、柴ちゃんファミリーの大きなスーツケースが入る大きなロッカーは無い。
皆に迷惑がかかるから子供も居るしと別行動を希望された。
私は、なんだかちょっと切なかった。力及ばず、ごめんなさい。

浜松町から京浜東北線で新橋へ向かうはずが、この時点で京浜東北の運転までもが見合わせになってしまう・・・どうなってるんだよう~。
ヤケクソガイドの私は、ここから歩いてゆりかもめの駅竹芝を目指して徒歩にてご案内。
まぁ、こんな機会でもなかったら歩かないし・・・・などとポジティブな言葉を吐きながら歩く、歩く。
ゆりかもめで向かう先は台場。

台場でようやくお昼を食べて、球体展望台・・・・・のはずが。フジテレビ月曜休館。
ついてないなぁ・・・と、しょげる私に、買い物もできるし、と言ってくれる若者たち。
台場でフジテレビグッズ・・・・ベタだけど、楽しいならいいじゃない。
買い物をして、遊覧無料バスに乗り、踊る大走査線の話をして、ショッピングモールでお買い物をしてミニチュア自由の女神を見て、また浜松町に戻った。
いささか凹みぎみの私は、一緒じゃなかったら来れなかったとマツパパ&ママに慰められ
嬉しい~写真一緒に撮ってください♪とカオルちゃんの笑顔に助けられ
いやぁ、感謝ですよ~ホントに!と女子大生組に励まされ、復活。

帰りのゆりかもめからは、自由の女神が陸の突先に見え、空にかかる虹も見れた。
汐留で停車中に、ほらアレが日本テレビと伝え、かおり&カオルコンビのニコニコ顔に勇気をもらい、へっぽこ案内は終了。
みんなと待ち合わせの時刻前に到着。
合流する皆の顔、それぞれ楽しめたみたいでよかった。
しかし疲れた顔の6号プラス2名。結局買い物もできなかったらしい。

夕焼けがぐんぐん暗くなり、夕闇が迫る。
飛行機に乗り込み、滑走路近くなるとテイクオフ待ちの飛行機の列が壮観だった。
飛び立つ眼下の夜景。空には三日月が浮かんでいる。
素敵な時間を共にしたみんなの機内の顔を見渡しながら私は幸せな気持ちでいっぱいだった。
掛け値なしに、このみんなが好きだと思った。
今日一日が終わってしまうのがもったいないと感じた。

6号がくれた素敵な時間。
まだまだ夢は終わらない。
これからも走り続ける彼らを見ることができる幸せ。

空にかかった大きな虹と飛行機から見えた三日月・・・・
私は、なんだかものすごくいいことのサインのような気がして嬉しくてたまらなかった。

長崎空港に降り立ち、名残惜しく記念撮影をした。
忘れられない二日間の思い出と一緒に。

2005年11月08日

●6号応援ツアーJAPAN FINAL (その3)

6号の演奏があってから4時間ほど後。

ゲストのdryhiのライブ、抽選会、ストレンジヌードカルテットのライブと続き
審査発表の時間がやってきた。

もう、あの演奏で私の中ではグランプリだったから、自信満々でドキドキして座っていた。
優秀賞の2組の発表。
2組とも悔しそうにしていた。グランプリじゃないから。
司会のおねぇさんが「優秀賞でくやしいっていうコメントもはじめてききました」とはしゃいでいた。
一番を目指して頑張ってきたら、悔しい思いもあって当然だとおもう。

いよいよグランプリの発表・・・・と思ったら、審査員特別賞があるという。
決められなくて、もうひとつのバンドに賞をやりたいと決まったのだそうだ。
そうかそうか・・・・・

「エントリーナンバー4番」
・・4番?
「6号!!!」
・・・・・6号?

私のファーストインプレッション。
もう、自信満々でグランプリだと信じて疑わなかったから
グランプリの発表に合わせて気持ちを整えていたから
肩透かしを食らった感じがしたんだ。
神社や公園にあるような階段、舗装はされてるんだけど、上っていくと急に高さが違うことがある
慣れたリズムと高さで上ってきて、急にガクンと低かったり・・・・
そんな階段を踏んだときみたいなショック。
全く期待していなかったことが起こったショック。

グランプリの発表も、上の空に聞いていた。水の中に居るみたいに。
とても素晴らしかったし、聞き入った人たちだったけど。
私が愛しているのは6号なの。
気の無い拍手を送ってしまった。ごめんね。

今ならちゃんと分かる、賞の意味も
でも、そのときの私は失礼にも放心したような悔しいような納得がいかない気持ちで佇んでいた。
嘘をつけないから正直に言う、あの時は素直に喜べなかった。
ポジティブに言えば、グランプリを信じて疑わなくて夢見てきた。
いつの間にか応援団はメンバーと同じ気持ちで居たんだ。
いつの間にかサッカーのサポーターみたいに、グランプリを取るんだと同じ気持ちで。
ものすごいエネルギーと信じる気持ち。

今は嵐が過ぎて、にじみ出るみたいに誇らしい気持ちでいっぱい。

これからも6号は、きっともっとすごくなるし
これからも応援する気持ちが強くなることはあっても覚めはしない。

夢のステージで賞を頂いた6号。
2500バンドの中の12組。その中で賞を頂けたのは4組。
名誉な、嬉しくて、素晴らしいことだ。
すごいことじゃん。
それにあんまり愛しすぎて他が見えなくなりますよ、
ほらね、たまには客観的に・・と時間をもらえたのかもしれない。
上る先に終わりは無い。

感謝をして進もう。
だって飛行機乗って来てよかったと心から嘘偽り無く言える素晴らしい6号のライブをみれたもん。
出し尽くして今の精一杯だったもん。結果は結果だけど、とにかく最高だったよ。
たくさんの来れなかったファンの皆に見せたかった、聞かせたかった。
素晴らしかったから。あんな顔見たことないくらいに。輝いててカッコよかった。
初めて聞いた人にも届いた気がしたもん。
他のバンドもたのしくて、音楽っていいなってすごく思えたし
いい1日だった。疲れて眠かったけど、そこだけはすごく満足だった。

夜は酔っ払った。
学生時代に馬鹿みたいに飲んでいた新宿で。飲んで。飲んだ。
6号と、ツアーの皆と、あのひと時を一緒に過ごせた喜びを、幸せをかみ締めて。
ちきしょう、6号もファンもイイ奴ばっかりだ。
うはははははは・・・・と、酔っ払った。思いっきり。
早朝集合、長旅、興奮で疲れきった応援ツアーの一行から、眠たくなり限界な人たちが一人二人とホテルへ帰っていった。

店から出るころには、ずいぶんと人が減っていた。
そして、タツキくんはヨレていた。
タツキくんがお酒を飲んだところに初めて居た。
あんまり幸せで・・・と酔っ払って男泣きをしていた。
流れる涙もそのままに、切れ長の目からボロボロこぼして。
お父さんが隣に居るというんだ。彼の亡くなったお父さんが側に居てくれるような気がすると。
見えるような気がすると。あんまり幸せすぎて。
それは一緒に居てくれてるさ、いつも。今日はエネルギーを強く感じるのさ。
おねえさんはとても我慢ができなくなったんだよ~隣で同じように魂の解放してしまった。

ホテルへ帰ってゆくタツキくんと眠たそうなくりコちゃんとユミコちゃんにバイバイして、
いつの間にか、さらに少なくなった人数で、次のお店へ行った。
何故か途中で寝てしまった。
そういえば私も2時間くらいしか寝ていないんだった。

ホテルに帰って、RYOKOちゃん、ミナちゃん、ノゾミちゃんの女子大生組の部屋にお邪魔させてもらった。
私の荷物は、柴ちゃんのお姉さん親子と同室だったから起こしたくなかったんだ。
時は既に午前二時。そういえば昨日もこのくらいの時間に寝たな~と
3人が用意してくれたパック入りのクレンジングと洗顔とローションと乳液を頂いて。
「チカさんそのベット使ってよ」
トリプルのお部屋にお邪魔して、私がベットを使ってしまったらどうすんのさ、、、と言いながら
あんまり彼女達が熱心に勧めてくれるし眠くて朦朧としてきたので甘えて寝た。

7時ごろ、ミナちゃんの携帯アラームの音で目が覚めると、RYOKOちゃんが床でカエル着ぐるみパジャマでうつ伏せになって寝ていた!!!
なんてことだ!このカエル着ぐるみパジャマで果敢にもコンビニへ行き、通りすがりのQちゃんに笑われたという自慢のパジャマで、床に居た。
私は起きたからベットを変わろうよというと「ちょっと横になってただけです」など寝ぼけていじらしいことを言うじゃないか(笑)
とにかくベットに寝てもらって、少ししたら3人とも寝たみたいだった。
三人を起こさないように暗がりで起きて、昨日の汗臭い服を着て廊下に出ると、マツくんパパ&ママが朝ごはんに行かれるところだった。私も、どんなにはしゃいでも生活リズムを崩さない素敵な大人になりたい・・・

ふと、二つ先の部屋から柴ちゃんママとおねぇさんミカさんの声が小さくするじゃないか。
あ、起きてるならシャワー浴びよう・・・と。あれ?
私たちの部屋はずっと向こうのはず、と思いながら尋ねると、浴衣姿のお二人から語られる事実。
思いやりの連鎖が奇跡を生んでいたことが発覚。

ツアーメンバーは夜の街に繰り出す前にホテルへ荷物を置きに来た。
まず、部屋割りを組みなおし、仲良し2人組や3人組みを同部屋にした。
私は誰と組んでもよかったので柴ちゃんおねえさん家族3人と相部屋にしてもらったのだった。
部屋のメモにメッセージと携帯番号を残して。
その時、柴ちゃんファミリーは現地の親戚とご飯を食べていて別行動。
ホテルに帰ってから、小さい子供と家族以外が同部屋は申し訳ないとホテルに別の部屋をと申し出たのだという。
ホテルは旅行会社から、小さい子供2人とは聞いていなかったと、部屋も空いているし料金の追加は不要だから家族で使うようにと用意してくれたのだという。
私たちが相部屋だったはずの部屋は、互いの思いやりで、無人になっていたのだ(笑)
お詫びとお礼を柴ちゃんファミリーに伝えた後、フロントで鍵をもらって、私は部屋に入った。
部屋は私が後にした机の上のメモもそのままだった。

すごい、思いやりと行きちがいとサービスのコラボレーション。
RYOKOちゃんには申し訳ないことをしたけど、なんだか私は皆の人柄にまた触れて
嬉しくてたまらなくなった。
柴ちゃんファミリーの優しさは、ベースを弾く息子にも間違いなく遺伝しているのである。
嬉しくて、誰かに伝えたくて旦那にメールで報告した。
ヒロイチくんと同室の旦那からは、昨日の夜ホテルのタクシーに着いたはずが姿を見ていない。
メールにも返事が無い。どこかの道端で酔っ払っていないかな?

シャワーを浴びてまた新しい浴衣を着て幸せな気持ちで居たらノックの音。
頭モシャモシャの旦那が、荷物をかかえてやってきた。
起きたものの、自分よりも夜更かししていたヒロイチくんを起こしたくなくて
ちょうど私からのメールを読んで、メール打ち返す気配までも気にして、暗がりで荷物をそおっと集めて出てきたのだという。こっちも思いやりだ(笑)
グチャグチャのスーツケースの中身をつめなおし、シャワー浴びておいでとお尻を叩いた。
その後、目を覚ましたヒロイチくんが旦那の不在にびっくりしてメールしてきたという。
笑える。

旦那から聞いた話によると・・・
昨日の夜は2次会の後、ヒロイチくんと旦那の部屋に、柴ちゃんと3人で3次会だったのだという。
途中で力尽きて寝てしまった旦那が、最後に聞こえたのは
「きんぐーさんを起こしたくないし、マツも起きたみたいなんで部屋に行きますね」という柴ちゃんの声だったそうだ。
思いやりのオンパレード。こんなにいい人たちばっかりが集まるなんて、どうかしてる。

嬉しくて自然に笑顔になっちゃって、寝不足なのに化粧乗りがいいこといいこと(笑)

やばいな、なんでもできちゃうくらいエネルギーが満タンだった。
その朝の私は、史上最強だった。

●6号応援ツアーJAPAN FINAL (その2)

開場になると、私は控えめに駆けた。

皆でかたまれはしなかったけど、前の方の席を点々と取れた。
どうせ6号の出番では席前のスペースに行くから平気。
ドキドキが止まらなかった。
舞台の上にたくさんのライト、中央に大きなスクリーン。舞台すそ右側にPA。
柴ちゃんの6号マークの入ったベースアンプが左に、タツキくんのオレンジ色のギターアンプが右側に、たくさんの機材と並んでいるのが見えた。ただ、それだけで嬉しい。
客席は途中までフラットで、中ほどくらいから段差がある。
通路が二つあり、中央左右と黄色っぽい椅子がずらりと並んでいる。
広いなぁ。入り口は2箇所だけ?
一番後ろに、よく見える位置に審査員席らしきものがあった。


HOTLINE JAPAN FINAL
全国2500バンドの中の12バンドとあって、迫力がすごい。
エントリー4番の6号の出番まで、ひとつひとつ、ドキドキしながらライブを聞く。
九州ファイナルとは明らかに違う。
3つ目のバンドの演奏が終わると、みんなでアイコンタクトで移動し始めた。
ステージに一番近い位置で。

しかし、ここで事件が起こった。
立ち上がったファンたちの背中に「見えない!立つな」と女性の怖い冷たい怒った声が何度も浴びせられた。びっくりして怖くて、しゃがんでしまった。
前に来ようとした応援団の一部の足も止まって席に戻ってしまった。
20代前半や10代の子たちは、特に動揺しただろう。

緊張する・・とつぶやく子に、緊張を伝えてはいけない、一緒に楽しもう、そのために来たんだからと声をかける。うん、楽しもう。
下から「マツ、かっこいい!!」と伝えると真上のマツくんがニコリと微笑み返してくれた。
曲がはじまると、ステージ前の応援団はしゃがんだまま精一杯上を見上げて手を左右に揺らし応援していた。
それでもいい、ここに居たい、一番近くに・・・・そんな想いが溢れていた。
いじらしい彼女達を抱きしめてあげたい、誇りに思う。
『五月』の演奏がはじまる。6号のエネルギーはすごかった。
私たちは、メンバーへのサプライズのライトをつけてサビで揺れた。
開場の空気がぎゅっとステージへ集中してゆくような、そんな気がした。

曲間、タツキくんのギターが爪弾かれるフレーズに乗せて
マツくんのMCが、言葉ひとつひとつに魂を込めた言い方で響いてくる


この場所に立つのが夢でした


『約束の場所』
マツくんのアコースティックギターからはじまるこの曲は、ドラマチックで大好きだ。
柴ちゃんのベースが一音ずつフレーズを弾いて最後の音が伸ばされる冒頭。
タツキくんの奏でる雄弁な音と、Qちゃんが作り出すリズム。
ここが、6号が、皆が来たかった、、、、約束の場所!
ステージに向かって右側、タツキくんの前あたりで我慢できなくなった平くんや洋くんが応援幕を持って立ち上がった。
よし!後で怒られればいいや、私は左側、柴ちゃんの側に移動して跳ねた。
RYOKOちゃんが気づけば横に移動してきていた。
6号のサウンドとマツくんの艶のある歌声とが気持ちよく交じり合い、ライトで輝くステージの上から6号の風が吹いてくる。
ものすごく楽しそうに、音楽に溶け合って、仲間と響きあう喜びを全身に表して
今までに見たことも無いような嬉しそうな表情でステージに6号が居た。
ここに来れなかった全ての6号ファンの気持ちも確かに一緒だった。一緒に居たんだ。
ステージ前の私たち6号応援団のおでこと頬、体にびゅうっと吹き抜け続ける風は、会場の後ろにも届いた違いない。
演奏し終えた6号に拍手と共に、開場のはるか後方から賞賛の口笛が響いていた。

彼らの良さを出し尽くした2曲、4人とも輝いていた。
ライトが当たっているからじゃなく、彼ら自身が発している光だった。
演奏と同じく、今まで見たどんなライブよりも、全霊でいい顔をしていた。
やり遂げた彼らが誇らしくて嬉しくて、汗だくのまま私は叫んでいた。
間違いないと思った。

演奏後のインタビューも終えると、かおりちゃんが涙ぐんでいた。
立って聞きたかった、見たかったと。
中央の子たちは、やっぱり怖くて立ち上がれなかったのだ。

どんなに怖かったかというと、その「見えない」と声を発した最前列の人は
他のバンドの応援にステージ前に立った応援団ひとりひとりに声をかけて
無理やり座らせるか自分の視界から遠ざけるようにしていたのだ。怖いでしょ?
彼女の前にカメラが位置する時でさえ不機嫌に「見えない」と体を動かし怖い顔で全身で言葉無く発していた。一体何者だったんだろう。ある意味気持ちいいくらの悪役みたいで、怖すぎた。

15分の為に2曲の為にわざわざ飛行機代と宿泊費をかけて来ていたのにも関わらず
それでも、そこでケンカしたりせずにしゃがんでいた彼女達の人間としての品のよさ。
6号を愛する情熱と礼儀正しさを併せ持った彼女達が大好きだし、誇りに思う。
ただ、立って全身でおおらかに体感させてあげたかった。
今振り返ると、左右に振り分けたり、友好的に私が「不機嫌さん」に交渉に行ったりできたのに。
もう、絶対に同じ轍は踏まないぞ。
はじまる前に立ってもいいですか?と尋ねたり、お伺い立てたりしたら完璧だ。
彼女みたいな人は、引っ張って見える位置に来させたらどうだろう?
でも腕を掴んだりしたら皮膚から「不機嫌」が移りそうで嫌だなぁ。
立って楽しむのが普通のライブハウスだけど、今日みたいに違う人も居る可能性だってあるんだ。
違う雰囲気の時もあるんだ。
ステージ前に立てるのが当たり前と思って、立たせてもらえる喜びを忘れちゃいかんのだ。
もう二度と、こんなにかわいい彼女達を悲しませることはあってはならない。
他のライブを聞きながら、私は反省と学習をして、固く強く心に誓っていた。

●6号応援ツアーJAPAN FINAL (その1)

2005年11月6日、午前5時30分ごろ・・・・

眠さで朦朧とバスセンターに到着。
もう、知った顔が来ていた。6号のライブをご一緒したことがある子。
今回一緒で名前を覚えたミナちゃん。そしてノゾミちゃん。
バスセンターの中が少しだけ暗いのは、外で降り続く大雨のせい。
ナナちゃんとナツミちゃんが到着。
口々に興奮して眠れなかったと話す。グランプリの瞬間を夢見ては興奮すると。
集合時間が近づく・・・・
かおりちゃん到着。
しばらくしてVADERくん・・・VADERくん?ツアーには参加できないはずの彼が来た。
見送りに・・・って。ちょっと泣きそうになる。熱い男だなぁ。
空港行きのバスに乗せて連れて行きたくなった。
カオルちゃんが来て、バスセンター出発組みが揃い、点呼も完了、バスも到着。
VADERくんにバイバイと後ろ髪引かれながらお別れをしてバスに乗り込む。
バスの中には、くりコちゃんが既に前のバス停から乗っていた。

大雨の中、バスは進む。雨・風ともすごい。
どんなに揺れても飛行機が飛んでくれないと困る。今日がジャパンファイナルなんだもん。

もう一つのポイントで、残りのツアーの皆が乗り込んでくる。
RYOKOちゃん、ユミコちゃん、眠そうなちびちゃんを含む柴ちゃんファミリー、マツくんファミリー、応援団長・平くん、副団長・洋くん。
平くんからバスのチケットや説明の後、「俺と洋くんから・・」とライターが配られた。
後ろにボタンが付いたライターで、押すとライトが光る。赤、青、緑、オレンジ、白の5色。
メンバーには内緒で、一曲目の『五月』で振ろうというサプライズ大作戦。
二番がはじまってからしようか、と決まった。ワクワクする。
皆でライトをつけたり消したりする。振ってみる。興奮する。
みんなの頭の中にも私のようにステージが浮かんでいたのかも知れない。

バスの中はテンションが上がり気味で窓が曇るほど。
バスの外は景色が分からないくらい大雨で、窓に雨がたたきつけられてる。
時々雷の音と稲妻で一瞬明るくなる。
きっと飛行機は揺れるだろう。でも飛んでくれれば、途中吐いたってかまわない。
ただ、彼らが夢のステージに立つ「そのとき」に一緒に居たいだけなんだ。
彼らの輝く一瞬一瞬を見逃したくないんだ。
だから行く。ただそれだけだから。

空港に着いてバスを降りても、どしゃぶりは止まず。
案の定、飛行機は出発が遅れるとアナウンスがあった。

手荷物検査で止められた。洋くんがライター13個の多量所持で。
テロの影響から、国際便ではライターの機内持込禁止に。
しかし、国内便でのライターは一人1つまでという規定ができたのは知らなかった。
煙草が吸えない私は気にもしなかった。
この13個は、現地集合の応援団にもライトとして渡すライター。
昨日までに、コンビニを回って同じものをかき集めたという平くんと洋くん。
もちろん私たちも簡単には譲ることができなかった。小型爆弾なんかじゃないんだもん。

これはライターだけど、使用目的はライトだ。
手荷物がダメなら預ければ持っていけないか。
職員に持ってもらえば持ち込めないか、預かってもらえないか。

全てダメ、規定なのだから仕方が無い。
手荷物検査場は、引火しそうになんとかしたい想いで熱かった。
じゃぁ、火がつかないものならライトになるか。
しぶしぶOKが出て、平くんが使いかけのライターを連続で灯しガスを抜いた。
じゃぁ他のもしよう!と手を出しそうになる私を、平くんが新品は無理だと優しく制してくれた。
結局、火のつかないライターが2つ取り返せたものの、残りの新品ライターは帰りに渡される空港預かりとなった。
麻薬や武器が見つかった訳でもないのに大賑わいの手荷物検査は、検査官だけがものすごくイライラしていた。
残念がるみんなと、悔しがる私の隣で、平くんが「また東京で買えばいいから」と洋くんと二人で頷いていた。
分かっていたけど、どこか納得できなくて検査官を困らせた自分が急に恥ずかしくなった。
一番悔しいはずの二人が気持ちを切り替えているんだもん、私もそうしよう、モヤモヤが晴れて気持ちが明るくなった。


飛行機は予想どうり・・・・・・揺れた。予想以上に、ガクンガクンと。
ジェット機なのに。揺れることに慣れてしまった音のうるさい乗りなれたプロペラ機よりも揺れた。
でも、それなのに、あまりの眠さに知らぬうちに熟睡していた。
揺れの為にドリンクの機内サービスを中止したとアナウンスを目覚めた頭で聞いた。
そういえば、寝ていた時に貼られるメモも無い。
そんなに揺れていたのかとびっくり。

うっすらスモッグに包まれた東京上空。
まだ着陸すらしていないのに、気持ちだけは先に降りてしまったようでソワソワする。
まるで離れ離れの恋人にやっと会えるような勢いで、着陸後はツアーメンバー誰も彼もせっかちに通路に立っていた。
携帯の電源を入れたとたんに鳴り出したので、びっくりして落としそうになりがら出た。旦那から。
「今どこ?」
いや、今やっと着陸したところ・・・・。びっくりしたよ、、という私の話す間に割り込んで
「今到着ゲートに6号と居るけど、出場バンド11時集合だから、荷物受け取りで時間かかりすぎたら皆の顔見ずに行かなくちゃいけないかも・・・」なぬ?
6号と共に前日、前乗りした旦那からの情報を周りの皆に伝えると、皆は体から急ごうオーラーを発し出した。6号に逢いたくない訳がない。
連絡口から荷物受け取りベルトコンベアに小走りで行ってしまった子たちの背中をみながら、急ぎ足で向かう。こんなファンに彼らは支えられている。
ガラス越しに笑顔の6号が黄色のおなじみの応援幕を持って出口で待っていた。
旦那も横に嬉しそうに立っていた。
持ち込み荷物だけの私は先にゲートを通過して皆の顔を見る。
凛々しい、いい顔だ。
しかし後数分で、快速のモノレールに乗らなくては入り時間に遅れてしまうという。
ゲートから出た数名と言葉を交わし、時間が来ると、まだベルトコンベア前で荷物を待つガラス越しのツアーの皆に「ありがとう」と口々に言い、手を振りふり気持ちの尻尾を残しながら彼らは恵比寿へ向かった。

旦那が残り、恵比寿まで先導。
持ちなれない荷物、使い慣れない切符売り場やゲート。
4歳と1歳を含む一団は、それでも素早かった。
どんなに素早かったか?
それは、モノレールのホームに降りたら、さっきお別れした6号に会えてしまったくらい早かったんだ。
快速待ちで並んでいた6号はビックリ。
さっきお別れしたバツの悪さを上回り、圧倒的に嬉しさが笑顔からこぼれ出ていた。
6号っていいなぁ、6号を愛する皆も素敵だなぁ・・・と感じずにいられない光景だった。

恵比寿ガーデンホールに到着すると、既に開場待ちで並んでいる列がある。
お昼を交代で取って並んだ。平くんと洋くんがライトつきライターを探しに行った。現地に住むお友達と二手に分かれて歩いていく「男の背中」は、刑事ドラマの手がかりを掴もうと捜査する場面みたいだった。
私は、柴ちゃんファミリーと並んで待った。お昼までご馳走になった。
こんなにたくさんの人が来てくれるなんて、なんて幸せなのだろうとお話ししてくださるので、
月曜が休めないから日帰りで行けないかという問い合わせの多さや、今日居てもたっても居られなくて見送りにきてくれたVADERくんの話や、ここに来れたのは一部で もっとたくさん同じ気持ちのファンが居ることをお話しした。
優しい時間が流れていた。

平くんと洋くんが「みつけましたよ~」とコンビにの袋にライターをバラバラ入れて登場。
お昼はライターを探しながら、歩きながらサンドイッチを食べたという。ますます刑事ドラマっぽい。
現地集合のファンともコンタクトを取りながら、開場が近づく・・・・・

2005年11月07日

●約束の場所・約束の虹


しばらく暮らしていたこともあるのに、都心で虹を見れたのは初めてだった。
ゆりかもめの中から。

先日、教会で挙式したカップルに立ち合って素敵な話をきいた。カトリックのノアの箱船のお話。
洪水で大変だった後に虹がかかる場面。虹は神様からの祝福が約束されているんだとか。

約束の場所・恵比寿で最高のステージをみせてくれた6号。
昨日ホールに響いた『約束の場所』
今日空にかかった虹
携帯で小さくしか写せなかったけど、肉眼では大きく広くかかっていたの。

これからの6号に幸あれ!


私の大切な家族に幸あれ

大事な友人たちに幸あれ

私の大好きな みんなが人生を楽しんで、笑顔でいられる時間がたくさん持てますように

●自由の女神@台場


6号ジャパンファイナル応援ツアーの皆さんの中から、数名の方々を台場へご案内。球体展望台へ案内したかったのに、本日休館。
フジテレビのみやげコーナーのみのお買物。凹む私に、自由の女神が見れて嬉しいと言ってくれる皆さんの優しさにジンワリ・・

振り返れば、山手線と京浜東北線が不通になったおかげで・・・
新宿、浜松町、新橋の距離を荷物を持ったまま、ものすごく苦労して移動した。
普段なら乗ってるだけなのに、歩かざるを得なかったり、別ルートで移動したり、
久しぶりに殺気立った終電並のJRにも無理して乗った。
チビちゃん達には怖かっただろうなぁ。でも、みんな怪我無く帰ってこれたし、思い出の一つ。

2005年11月06日

●金曜の夜日曜の朝


6号の佐世保での最終調整の場にお邪魔した金曜の夜。

目を閉じると大きな広いステージが見えた。
これから感じる興奮で心が踊った。
彼らに逢ってからポジティブな夢ばかりみる。


今、羽田からのモノレールに乗っている。
懐かしい揺れ。

これからまた夢を見る。
今度は目を開けたままで。

2005年11月02日

●ラブレター

先日ラブレターのお手伝いをした。

英語を日本語訳にした。彼らしい言葉を選んで。
そして、その文を日本語で書く為にレッスンした。

ただ、きみのこと考えてる・・って伝わる短い素敵なお手紙。
英文そのままで渡しても伝わりそうだけど
日本語で書いてみたいっていうから、お手伝い。
会ったばかりなんだって。
恋に落ちるのなんて時間じゃないんだね。
すごく一生懸命で、その想いが伝わったわたしまでも一生懸命になった。

だいたい、普通に日本語のレッスンをしたり読み書きしても
集中力は持って30分なんだよなぁ、、という印象を見事に覆されたのは彼の恋のエネルギー?
約一時間かけて、初めて見る「日本語」の文字と格闘。
一文字ごとに書き方を何度もレクチャーして、何度も説明した。
できあがったラブレターは、コドモの書くような文字。ふふふ。
でも、一文字、一文字に彼の一生懸命が伝わる。

私なら嬉しいな。こんなお手紙。
うまくいくといいな。
彼女との未来が見える、想像できるんだ・・・・ってポジティブな彼。
なんだか素敵だなぁ。

英文ラブレター、もらうのは嬉しい。
でも、お手伝いも嬉しい。

2005年11月01日

●引越しにまつわるエトセトラ

Bill と Pat のお宅におじゃました。

もうパッキングがどんどん進んでいて寂しくなった。
昨日の夜は、ハロウィンで騒いだものの、昨日からホテル滞在なのだという。
もう、彼らがここに住むことはない・・・・。

いろんな場所に住んだけど、ここでいい人たちに囲まれて幸せだったと
どんなに離れても、これからどれだけ連絡を取らなかったとしても
チカは私のここに居るから・・・と胸の上を押さえるPat。
なんだか切なくなっちゃった私を見て
チカは、それだから見送りに来ちゃダメ!って言うんだ。
私の目を指差して。自分だって潤んでるくせに・・・・・。

絶対にいっぱい手紙を書くし、メールも送るから
それに、いつか必ずアメリカに尋ねていくんだから
Good bye なんて言わないんだからね、と約束した。
笑顔を覚えていたいから、自分も泣きたくないから笑っていようねって言うんだ。
そう言われたら、こっちも必死さ。

引越しの業者さんが6人も来てた。
6人がかりで、荷造りに明日あさってと3日かかるという。
生活を楽しむ二人はすごく荷物が多い。
数々のデコレーションやコレクション。
彼女のお気に入りのブドウ柄のお皿たち、どんどんパッキングされていく。
家中がダンボールとくるまれた家具だらけ。

私の実家は古い貸家やマンションを営む。
子供の頃からずっとたくさんの引越しを見送ってきた。
成長してから自分の引越しも、友人の引越しも、会社の合併に伴う引越しも。
それぞれに惜しむ気持ちと悲しさと、スタートのすがすがしさがあったけど、

今回は、なんだか喪失感ばかりが大きくて。
彼らが私にとって予想以上に大きな存在で、どれだけ大好きなのか分かった。
距離も関係あるのかなぁ・・・・・。

この家に、他の家族が住むだろう。
私にも他の英語圏のお友達ができるだろう。
でも、決して忘れない。
ゲートに迎えにきてくれた姿。歩いてくる私に手を振り迎えてくれた笑顔。
何度も開催された素敵なホームパーティ。
埋まりそうなくらい快適な紺色のソファー。
一緒に立った台所。窓際のシンク。大きなオーブン。デジタル表示のタイマー。
大きな白い冷蔵庫。ガラスの丸いテーブル。
イタリアの地図。たくさんの雄鶏のピッチャー。
たくさんの箪笥たち。
きっと何度も何度も懐かしく思い出す。

玄関ポーチの横で黄色のバラが満開に咲いていた。