友人と永遠に会えなくなってしまった。クモ膜下出血。Goくん、まだ29歳だったのに。
「また今度ゆっくり会おうね」って言って別れたのが一年半前、今度は、なかった。
ううん、無かったんじゃない。
時間なんてやりくりできるはずなのに、どうでもいい忙しさにかまけてついつい後回しになっちゃったんだ。大切な時間をこんなふうに日々見逃してる。
彼は旦那が居た既に解散したOESってバンドの仲間の一人で、見上げる長身の大男。
音響の仕事をこなし、劇団を運営し、音楽にもかかわって・・・とにかくいつも忙しく寝る間も惜しそうだった。エネルギーに満ち溢れてて、傍から見ても佐世保の演劇や音楽を先頭切ってブルトーザーみたいにぐんぐんならして大きな道を後ろに作っていってるようだった。
かと思ったら、
家に来るときに持ってきてくれた缶ジュースから私が何の気なしに「Coo」を選んだら覚えてて、必ず同じのを持ってきてくれたり。
LIVE会場や映画館では自分の体で後ろの人が見えにくくないか気にしてこころもち小さくなってたり。
どこでもどんなときも知り合いを見つけると目でだけじゃなく必ずそばに来て声をかけてたり。
そんな大きな体に細やかなところがあった。
横暴と思えるくらい強引なとこもあったけど。そんなとこもないとあんなにぐんぐん前には進めないよなって今ならわかる。
奥さんがまたいいんだ。
旦那達はVIDEO編集に夢中で夜も遅く、奥さんは眠たくてぼんやりしてたのに突然しゃんとしてGoくんのところにトコトコ歩いて行って「Goちゃん、お誕生日おめでとう」って愛でほんわか明るいオーラを纏ってニッコリ言ったんだよ~。日付が変わって彼のお誕生日でした。その足取りが姿が言い方が声のトーンが全てに大好きがあふれてて・・・私はきゅんとなった。
喪服の若き未亡人は2台の携帯電話を握っていた、まるでちっちゃいGoくんを包むみたいに彼の携帯を。
彼の「体」とお別れしてから、元OESの面々はなにかをしなくてはと駆られた気持ちになっているようだ。
劇団のひとたちも音楽に関わるひとたちも、いろんなキモチを昇華してゆける。それが形になる。
Goくんが出したすんごい宿題なのかもしれない。諸君、心してかかるように。私は全身でその結晶を味あわせていただきます。
今も不在を信じられないけど、私の目には見えなくて聞こえなくて感じないだけで、こことつながってる所で、もしくは途中にGoくんが居る。
私は、私にしかできないアプローチを探すよ。
これは決意表明。